ちあきなおみ 『百花繚乱』
このアルバムは、s.h.i.さんのブログ、「Closed Eye Visuals」上での紹介で知った。
http://closedeyevisuals.hatenablog.com/entry/2017/07/22/191543
ここでは、ちあきなおみの歌手としての非凡さが詳しく説明されているので、自分は歌詞の部分について思ったことを書いていきたい。
”覚えてますか はじめて誰かを愛した頃の 春の日差しを”
こんな歌い出しから始まるこのアルバムは、今とは全く違う”輝かしい過去”への思いの募りを歌った曲が多くある。
アルバムタイトルである『百花繚乱』からもわかるように、かけがえのない日々であるのは現在ではなく過去のことだろう。
だが、そういったものの表現をノスタルジーとしてではなく、”それらがあったからこそ今があり、又、次の道へ歩み出すことができる”という未来へ向けられた目線があることが、このアルバムで個人的に胸を打たれた部分だ。
まずは、輝かしい(本当はどうかわからないが、少なくとも詩の世界の女性にとってはそう見えている)過去、そして今現在の状況をまとめていきたい。
始めに、今現在の状況について。
2曲目の「部屋」では
”真夜中にベルが鳴る いそいそ迎えに出る 別れの言葉を 恐れる心を 小走りで打ち消して いつもの笑顔見せる”とあり
4曲目の「あなたのための微笑み」では2人だけで過ごしたいのに、それができないという今の状況を示している。
”いそいそ迎えに出る”(いそいそとは心が浮き立ち、喜び勇むこと)という描写もあることから、彼女にとっての幸せの象徴であるものは確かに存在はするが、もうすぐ離れてしまう予感がある、もしくはどうしてもそれをあと一歩手に入れることができないという状況であることがわかる。
次に、過去と比べた時の今現在について。
この部分については、まずは3曲目の「時の流れに」の1番の歌詞を少し長くなるが引用したい。
”時の流れに 流され流れ 気づけばつかれた おんながひとり いのちまでもと 溺れた恋も 今では遥かな 雨降り映画
あゝあの激しさは あゝあの輝きは どこへ失くして… 失くしてきたの
時の流れに 愛も憎しみも みんな一色 風になるばかり”
このように、この女性にとっては過去は輝かしいものであり、現在は雨ふり映画のように薄暗いものとして見えている。
「嘘は罪」と「紅い花」にもそういったセンテンスがある。
最後に、過去について。
これについては、6曲目の「ほうずきの町」に集約されていると思うのだが、個人的にこのアルバムでのお気に入り曲なので、好きな箇所を少しだけ挙げていきたい。
・過去について描く際、ボサノバの名曲「三月の水」ように、固有名詞を並べていくだけでストーリーを展開し、聴き手の想像の中の場面設計の輪郭をはっきりさせる。
・”墨田川あたりでお酒を飲んだわね ほんのり薄紅色の 私の手をとって歩く あなたの横顔に 風を感じた”
これらを踏まえて最後の曲である「そ・れ・じゃ・ネ」の中のある1節を読んでほしい
”独りの人生は 訓れっこだもの あんたの想い出 喰べ喰べ歩いてみるわ”
ついに、ここで過去が今を人生の下り坂のように見せてしまう幻想のようなものから、未来へ進むために無くてはならないチケットへと変化する。
最後のダンスミュージック調での軽やかな幕引きは、過去の遺産につきまとうノスタルジーを捨て、未来への期待に胸を膨らませる彼女自身の心情そのものだ。